2023.11.5(日) 蠅帽子峠
蠅帽子川源流山行
九頭竜・真名川・笹生川と、三つのダムを超えた先。
笹生川の上流側に見つけた橋を渡ると、蠅帽子峠という名の看板と共に林道が備えてあった。
林道終着部には二つの堰堤を確認し、その先の源流と、「蠅帽子峠」が気になったままはや3年が経過していたのだ。
調べると、そこはどうやら岐阜県本巣市の根尾との県境。
昔平家の落ち人が暮らしたであろう、大野と根尾の二つの集落をつなぐ、連絡路だったことまで突き止めた。
地理院地図には峠と三角点、そして岐阜県側に下る、歩道を確認した。
どうやらここは、岐阜県側からアクセスするのが一般的な峠らしい。
いや、僕は笹生川ダムから先が気になったのだ、わざわざ岐阜県側からアクセスするのは野暮だろう。
ということで今回相方と二人、少ない情報とGPSを頼りに、蠅帽子川の全貌と峠を確認しに参った。
今回所持していたカメラのスペックが低かった故、友人の写真も一部借りている。
また、雰囲気を出すために、いつもと違った「で、ある」調での執筆を行っている。
最初に今回のルートの概要を、ざっくりと説明しておこう。
笹生川ダムの終点近くにある林道を遡行後、2つ目の堰堤より蠅帽子川本流へと入渓。
分岐部までは蠅帽子川本流を遡行し、名無しの渓流へと分岐がされた後、GPSにてルーファイを試みている。
まずは林道を20分ほど車で詰めあがる。
この際、本格オフロード車である必要は無いが、できれば四駆が欲しい所である。
間違ってもセダンで来れる場所ではないことを、強く念押ししておきたい。
隣の道には生きた林道が伸びていたため、おそらく数年は林道が放置されることは無いだろう。
2つ目の堤防が今回の入渓地点、まずは堤防を超えるところから始める。
我々は林業の道を右往左往としてみたが、結局ここから直接、堰堤の右岸(上から見て右岸)へとアクセス可能だ。
水量の少ない渓流の割に、堤防はなかなかのサイズと作りをしているが、ここに水がたまることはあるのだろうか?
上からのぞき込もうが、ほとんど水の流れは確認できない。
地味に嫌だったのが、この無機質な階段。
いかんせん斜度がきつく、それでいて蹴上は垂直。
梯子ならばやりやすいのにと、あるだけ有難い階段にケチをつけながら左岸へと移動した。
文句が出るだけここは怖かった。
堤防から適当に降りて入渓すると、そこには自然の形を残したままの渓流。
おそらく、年にそうそう多く人も入らないのだろう、無数とも思えるシカの足跡と痕跡が確認できた。
ここでは林道ですら毎年何かがでる。
イノシシなら乙事主
シカならシシガミ様のようなやつが。
今日もも何かが出てきてもおかしくない。
それにしてもここ蠅帽子川は平坦。
地形図で確認すれば分かると思うが、分岐部まではまるっきり登ることが無い。
水量も少なく実に穏やかな蠅帽子川。
季節遅れの沢靴も、そうそう何回も浸水することがないため、晩秋の寒さでも寒い思いはしないのだ。
それにしても、気持ちの良い秋晴れと沢の流れだ。
この景色と傾斜ならば、何時間だって歩いていられる。
あまりの気持ちよさに、峠で食べようとしていたおにぎりを一つだけ早弁かます。
3つ持ってきたのは、おばあちゃんが握った「くりたけの炊き込みごはん」。
晩秋を代表するクリタケは、ほっこりと甘みがあり、秋らしい香りもご飯にまざる。
贅沢すぎるおひるごはんに、思わず二人、谷で叫んだ。
冒頭でも軽く触れさせていただいたが、ここ蠅帽子川にはかつての「街道」の面影が残る。
数百・数十年前まで県境での連絡通路であったこの場所は、想像もつきやしないが馬車が通っていたそう。
馬車での遡行に難儀したであろう、小さなゴルジュなんかには、ご丁寧に「道」らしきものが用意されていた。
馬車の道を知ったのは本日の午後、山頂で人と出会った時に聞いた内容だ。
我々はそんなことはつゆ知らず、やれ人の踏み後だ、やれ多すぎる獣の通り道だと、当てずっぽうな事を言いながら進んでいた。
蠅帽子川をテンポよく進むこと1時間ほど。
地形図で確認した、沢の分岐部が。
僕らはこれを右に進んだ。
なぜかって?
ピンクテープが付けられていたからだ。
登りで使った赤いラインは、蠅帽子峠に直通する「谷」を詰めあがろうとした結果。
なるべく緩そうな場所を探したが、この後谷は「滝」へと姿を変えた。
分岐部よりしばらく進むと、さらに分岐。
小さな分岐を10m進むだけで、景色も方向もガラリと変わる。
数分ごとに地形図を確認し、谷を戻ったり進んだり。
段々と雲行きは怪しくなるが、行けるところまでは沢を詰めあがった。
もしもこの川に知識が無いのなら、間違ってもGPS無しでは行かないで欲しい。
遭難の体験をしてみたかったら、話は別だ。
そしてしまいには、遡行不能な滝に出くわしてしまう。
地形図で言うと、おおよそこの辺りか。
写真に収めることは無かったが、コケはぬめり、直登は出来そうにない。
仕方が無いので方角を近くの尾根に向かわせ、行けるところは枝木にしがみついて登る。
いや、這い上がる、よじ登るといった表現が正解か。
とにかく普通の遡行は既に終わっているようだ。
途中、一度だけ広いスペースを見つけたが、謎なままスルー。
とりあえずトラバースと登りを続け、分かりやすい稜線に出ることが出来た。
この稜線を登っていけば、県境の稜線に出る。
そうすれば、蠅帽子峠があると思われし、岐阜県側の登山道との合流が出来るはずだ。
県境の稜線を西に進み、峠の看板を目指す。
ここらで目的地方向から、なにやら人の声が。
後に聞くと変な方向から来る僕たちに心配して、安否を確認したのだそう。
それにしても、この辺りの稜線には大木が散見される。
大ヒノキだろうか?
ヒノキというのは、自身の形をぐにゃぐにゃに変形させてまで、稜線にも張り付こうとする。
それにしても、周りは頼りないブナばかりのなか、よくもまあここまで大きくなったものだ。
これらは峠道として栄えたころより、百年以上もここに居座っているのだろう。
声のする方へと向かうと、峠に出ることが出来た。
ここまで3時間半。
滝の辺りから考えると、よく無事でちゃんとたどり着けたと一安心。
岐阜県側からいらっしゃったシルバーグループと一緒になることで、ここが2県をつなぐ連絡路だったことを実感した。
峠のすぐそこには、明治時代からあると言われるお地蔵さまが。
祠はあと何年持つだろうか?
頭に接触しそうな石が、なんとも窮屈そうなお地蔵様である。
せっかくなので、お地蔵様と同じポーズで撮影。
表情と言い、一目見た時から愛着がわいてしまう地蔵様。
また会いに来よう。
さて、問題は下りだと思っていた矢先、シルバーさんがネタ晴らし。
「ここは馬車も通った街道だよ!」
その言葉を頼りに、我々は旧街道を探して下ることに。
それがまあ大正解。
下れど下れど快適な道は、さしずめ登山道。
細い木はあれど、ちゃんと見ていれば間違うことの無さそうな、ちゃんと街道が残っているのだ。
どこまで下れるかと、GPSを確認しながら下るのだが、どうやら谷まで降りさせてくれるらしい。
するとどうだ、さっきピンクテープを見つけた分岐部じゃあないか。
すべてを察した僕らは、今まで踏み後やら獣道だと思っていた平坦な道は、すべて旧街道だったことに気付かされた。
なんと素敵な街道なことか!
1時間半かかった行程は、ものの30分で谷まで降りてこられたのだ。
そして帰りはお楽しみ、道中見つけたキノコたちを回収していく。
これぞ晩秋の楽しみ方の一つなのだ。
堰堤を超え、ようやく車道に。
この時点で時計は16:00、秋ならそろそろ危なくなってくる頃だった。
歴史に触れ、ルーファイに苦戦し、心地の良い音と紅葉を楽しんだ今回の山行。
満足感を脳内とカゴいっぱいに詰め込み、長い林道と三つのダム湖を超えて帰るのであった。