Te Araroaに来た意味│1月5日 Mavora walkway

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ぐっすり8:00まで眠れた。

昨日はいなかったサンドフライも、今日は風が無いので元気そうだ。

全くこいつらはどこにでもいる。

朝の景色は良いけれど、テントを解放できない。

こんな感じのキャンプなら、名残惜しくなりそうな気もしたが、その点は安心できそう。

心おきなく、日本に帰れるでしょう。

今日は20km未満の平坦な道なので、ゆっくり進める。

その上、気持ちの整理もついた。

乾きかけていた靴が、10分でぬかるみにハマったけど、そこまで何とも思わなかった。

乾きはじめては濡れる、その繰り返し。

ワイルドキャンプで昨日行かなかったHutは、そこそこいい感じだった。

こちらに泊まっても良かったかもだし、ワイルドキャンプも悪くなかったので、どちらでも良いでしょう。

景色は良い。

ニュージーランドらしい、牛と遠くの山の景色を見て、満足気に思う。

少しだけ道を間違えていたので、500mほど戻った。

気持ちの良い心持ちと、歩きやすい道は、スローペースに拍車がかかる。

もう、5km手前のHutでもいいやという気持ちで、休憩を多めにとる。

気持ちの良いところでトルティーヤを食べ、寝転ぶ。

サンドフライがいないと、こんなにも落ち着ける。

出発しようと思ったけれど、反対側の山の景色と、滝の音が心地よいことに気が付き、また寝転ぶ。

1時間以上、ゆっくりしていた。

何分か寝てもいたと思う。

こんなロングトレイルが良いと、はっきりと感じた。

TeAraroaはいささか慌ただしすぎた。

この日までゆっくりと出来なかったが、今日、全てを取り返すかのように、穏やかな時間を過ごした。

何度もぬかるみにはまり、盛大に太ももまで汚れたりもしたけど、全然気持ちが違う。

景色を美しいと愛でることができ、TeAraroaに来てよかったとも思えた。

歩くペースが心地よい。

自分の足音、ザックの軋む音、鳥のさえずり。

全てを丁寧に感じることができる。

青臭さを含んだ気持ちの良い風と、心地の良いリズムの中へ、体が自然に溶け込む。

景色が綺麗だと、はっきりと感じ取り、山のデカさを思う。

左斜め後ろから、ブワッと風を感じる。

鳥肌が立ち、この旅の全てが腑に落ちたように思えた。

TeAraroaに来た意味、自分のトレイルを歩いている感覚。

語るには多すぎる、人生や価値観について。

今まで本で読んだこと、勉強してきたこと、机上でノートと向き合い、考えてきたこと。

TeAraroaを逸脱し、これまでの全ての価値観や思考が繋がり始めた。

点が線になった気分。

人は思いもよらぬ体験を通し、思考がまとまることがあると聞いたが、こういう意味だったか。

この考えを日本に持って帰れるだろうか?

風化させずに覚えていられるだろうか?

忘れないよう、反復しながら歩く。

ここでいいやと思っていたHutは、ちょっと汚く、テントを張るにも牛のウンコが気になった。

気持ちも良いし、あと5kmなので、先に進むことに。

ここからはオフロードの道を進む。

今日はとことん気持ちが良い。

ふたつの谷が、ひとつにまとまり、そして湖へと流れる。

ニュージーランドに来てまもない頃のような、興奮する気持ちではないが、静かに、この景色を美しいと思っていた。

ほぼ最後にして、この思いをさせてくれたのは、なにか意味があるのだろうか?

いや。

自然はただそこにあるだけ。

キツイ思いも、沼も、トゲも、坂道も、ただあるだけで、そこを歩いているだけ。

これを選んだ僕と、このタイミングを歩いた今、結果として感じているだけだろう。

良い1日となった。

見えたHutは、どうやらオフローダーお気に入りの場所でもあるようで、キャンプ地は占拠状態。

俗っぽいのでキャンプはやめにしておいた。

ここのHutは過ごしやすく、ハイカーも落ち着いた人達で良かった。

湖でも泳いだけど、今まで見てきたのは、牛のウンコがあるそばを流れる川。

それが注ぐ湖だと知っていたので、近くの支流で洗い直し。

衣類や靴も洗って思う。

沼にやられるほど、綺麗にした時の喜びも大きいと。

解釈次第だよなぁと、新たな発見に喜びを感じた。

ワイルドキャンプ地▶careys Hut 20kmくらい

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