ネパールのエベレスト街道メインルート、クラシックルートを歩いて感じた事とか、思った事とかを、文章にしてみました。
読み物みている気分で、へぇー、って読んでもらえればとおもいます。
ネットワークの通じる場所
ところでちょっと、役立つ情報的なものも混ぜてみようか。
ネットワークがどこまで通じるか?気になっている人も多いと思う。
結論から言えば、エベレスト街道の拠点、ナムチェバザールまではつながる場所はつながる。
ちなみにこれはメジャーなNcellというSIMの場合だけど、NTCっていうSIMならば、もっとつながるみたい。
クラシックルートで言えば、KHARIKHOLAって村辺りから、ネットワークが怪しくなってきて、ナムチェでまた回復みたいな感じ。
つまり、エベレスト街道メインルートはほとんど電波が全滅しているので、ロッジの有料Wi-Fiを使う他ないのだ。
だからぼくは、メインルートの15日間のうちほとんどを圏外で過ごしていた。
つまるところのデジタルデトックス。
前情報で知っていたぼくは、最初からそのつもりでKindleを持参し、気になる書籍を先にダウンロードしておいた。それを読み放題なロッジでの生活は、実に子心地よかった。
これは思っていた通りで、気にしないと決めてしまえば、なんら気にならない。むしろWi-Fiを無料で使ってもいいよと言われた時も、断っていたくらい。
とにかく余暇時間の多いエベレスト街道では、何かしらの暇つぶし方法を確立しておくといいと思う。

「クラシックルート」に行ってほしい
エベレスト街道と聞いて世界中の人が思い浮かべるのは、標高6000m超えの山々が連なる、The・ネパールな景色だと思う(思っている)。
けれど日本のハイカーの好みなのか、それとも単なる偶然か、日本のエベレスト街道ブログには、クラシックルートの記録がほどほど転がっている。
クラシックルートは名の通り、古くから歩かれていた道で、ルクラ空港が出来る50年以上前まで使われていた、旧エベレスト街道にあたる道。
当然ながら21世紀現在は過疎っていて、一日にすれ違うのは1人か1グループってのもザラ。
陸路のショートカットポイントもいくつかあって、特に「サレリ」と呼ばれる場所より手前の、Jiriからのルートはとにかく過疎。そしてロッジも活気が無い。
つまり、捨てられた道に、残っているだけのロッジが細々とやっているだけ。エベレストの見える豪華なルートもいいけれど、ぼくはひっそり歩けるこっちのルートがより気に入った。
消えゆく道の歴史に思いを馳せながら歩くのもよろし。現地の人に珍しがられながら歩くのもよろし。巡礼者気分で村々を歩き繋げるのは、お遍路やCaminoに通じる良さがあると思う。
そして郊外のダルバートは、シンプルで安くて美味い。時間が許せば、クラシックルートを日程に組み込んでみてはいかがかね。

電気が簡単に止まる
メインルートは比較的安定しているけれど、特にクラシックルートは電気が止まる。
これは村の電気配線構造が、「フィッシュボーン」と呼ばれる構造をしているとかで、雑に配線すると支障をきたしやすいとか何とか。
ようわからんが、とにかく何度か停電した。
停電する時は真っ暗になるので、あぁ、村全体が止まってらぁ、、、ってすぐに分かる。
だからって訳ではないけれど、充電は一応できるうちにしておいた方がいいでしょうな。
ぼくが泊った過疎ルートの3000mあたりのロッジでは、青年が一人で管理していたんだけど、4日間電気が来てなかったそうな。
気の毒だったので、モバイルバッテリーをちょっと貸してやった。
だけど電波が無いのと同様に、たまには電気が無いのもいいもんで、暗い部屋から見えた外の風景は、遠くの街明かり、、、いえ、村明りがぽつぽつと、まるで星空のようだった。
明りがどこの村か聞いてみると、昨日ぼくが泊まっていた村だと教えてくれた。
そうか、今日はちゃんと電気が通っているんだな。

ストゥーパ
ストゥーパ
白い宗教的な建造物で、ドームと四角が段々になっているものもあれば、大きなドームに顔が乗っているものもある。
エベレスト街道だけじゃあなく、ネパール全土で何度も目にするはずなので、知っておくと面白いかなと思うのよ。
インドの仏塔とは形が違くて、ネパールのは目があったり、金の塔が上についていたりする。だけどチベットに近いエベレスト街道には、目が無いただの仏塔っぽいのが多くなる。個人的には目があるストゥーパが、形的にもビジュが良くて好み。
これにはインドのビジュアルセンス的なのと、チベット仏教のストゥーパが融合したとかなんとかって話をAIがしてくれたので、詳しくはGeminiに譲るんだけど、まあとにかく形には意味があるとのことなのよ。
それぞれの形は「地」「水」「火」「風」「宇宙」を意味するらしく、まあ中二病なこと。四方に見つめる目は「ブッダ・アイ」を意味し、常に見ているぞ、ってことだそう。
可愛い顔していると思うんで嫌悪感は無いけれど、たまに目が血走っていたりするんで、目の痒みを連想させられる。
そして横切る時は、汚いとされる左手から遠ざかるように、ストゥーパ本体の左側を通るのがルールらしい。
なにせよ色んなルールや意味があるけれど、悪いことをすると神様が見ているよ、ってのは、割と万国共通な感じなのでしょう。
ぼくも自制する時に、メタ認知的な「スタンド」を自分の後ろに飼う事はあるけれど、たまにはそのイメージを「ストゥーパの血走った目」に変えてみるのもいいかもしれない。
だめだ、思い出すと目がかゆくなってきた。


