リッチな朝ごはんセットを食べ、空港に出発。

ルクラの村は、僕には賑やかさすら、少し寂しげに映るが、他の人にとっては、ワクワクと緊張の場所でもある。

道行く人との温度差を感じつつも、すぐに到着。
あれが噂の、世界一危ない空港か。

と言っても、別段危なくは無いのだが。
散々待った結果、この日はフライト無し。
と、言うことで、ジープに決定。
時間はあるので、ヘリは辞めたのだが、これが後悔の元となった。
ルクラからスルケ(下道の最終地点)まで、1時間ほど降りる。

また少しだけ歩けるのが、少し嬉しかったり。
出発は14:00
いきなりの悪路具合は相当なものだったが、覚悟はしていた。


全ての予定変更はもう慣れているので、気持ちは穏やか。
それよりも、行きに歩いた道を戻る感覚が、少し楽しかった。

覚えのある村や看板を、何度か通った。
まさか、あの時車で進みたくないと思っていた、「落ちたら死ぬ」ゾーンを通る事になるとは。

でも、ここはまだ序の口だった。
通行止めで2時間ステイになった時も、心はおだやかだった。

今日の到着は、夕方から22:00頃に変更になった。
が、この夜、事件は起きた。
ジープは谷におり、何も言わずに川を渡るのだ。

それも、結構な濁流。
夜でも怖いが、昼でも怖いと思う。
下は半滝のようになっているので、流されたら即死。
フェンダーまで水が浸かり、車内に水が入ってきて、足が濡れた。
「おっけーおっけー!」
「ノープロブレム!ノープロブレム!」
こいつら地元民は、いつもの事だと言っている。
僕にはくだらない生存者バイアスが発する、命を軽視したセリフに聞こえる。
前の車が突然傾き、スタッグした。

これでは前に進めない。
我々はとりあえずバックしたが、この車も水中スタッグした。

幸い、ジャッキで戻れたが、このレベルの場所へ来るのに、牽引ロープすら積んでいないのは、正直リスクを考えて無さすぎる。
素人集団め。
恐怖とバカげた道に、軽くイラついていた。
あえて表現するが、発展途上国のジープには、二度と乗るまいと思った。
あいにく僕は、あんたらほど軽い命で出てきてはいない。
軽侮の気持ちが含まれるが、少し本気で思った。
そして金を払ってでも、ヘリを使うべきだと思った。
プロの空路と素人集団の陸路では、リスクがあまりにも違いすぎる。
(幸い?)前の車がスタッグしたまま立ち往生したため、僕らは引き返し、別の橋があるルートを選択。
あるなら最初から使えよ、と思ったがまあ、安心した。
ちなみに前の車は、ヒモみたいのを使って、みんなで車を引っ張っていたけど、動いてなかった。
多分、翌朝牽引する車が来るまで、あそこで夜を明かすのだろう。
客も乗っていたが、それでも金は払うのだろうか。
どうでも良いが、渡らなくてすんで良かった。
結局は予定時刻になっても、中間地点のサレリに着くはずもなく、22:00には飯を食べた。

コゴミ入りのダルバートが、美味かった。

命の危機さえ乗り越えれば、こういう旅も収穫だと思える。
死ななければ、だ。
運が良かっただけだと思っている。
仲間意識は芽生えたが、二度と使わない。
外には月も星も見えなかったけど、村の小さな灯りがポツポツと、星空のようだった。

旅の初期、クラシックルートを歩いた時のような村が、ああして灯りをともしているのだと思うと、少し愛おしく思えた。
虫の音と、犬の遠吠えだけが響き、実に静かだった。
さて、サレリに到着したのは、翌日2:30。
全てが悪路で、眠れることもなく、体を抑える腕が筋肉痛になるほど、揺れ続けた。
平均時速は6-7kmになった。
バカげている。
宿は既に閉まっていたため、泊まらずそのまま続行する事に。
幸い人数がバラけたため、僕は最後部座席で寝れた。
ここからも長かった。

悪路は終わったが、とにかく長い。
何度か休憩を挟み、また寝て、、、
というか1番後ろは、座り心地が悪すぎて、寝るしかない。

前の人たちは、4人だが、僕は1番後ろで1人。
申し訳ないとは思ったが、そのままでいいぞと言われたので、遠慮なく一人で陣取った。
それがまあ、良かったとは思う。

結局、カトマンズに着いたのは16:00。
休憩含めるが、26時間の4WD旅だった。

飛行機の方が50倍早く、飛行機の方が100倍快適で、飛行機の方が1000倍安全。
でもまあ、生きていればそれでいい。
ここから犬にも噛まれず、生きて日本に帰れれば、もうそれでいい。
終わってみれば、良きオフロード旅になったと思う。
だって、その方が日本での生活が愛おしくなるでしょ。
これでエベレスト街道トレッキング旅はおわり。
カトマンズの街で、飯を楽しんで帰るとします。
ここまで僕の日記に付き合ってくれて、みなさんどうもありがとう。


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