結構大切だな、と思った章があるので、特に友人関係的な所は長めにまとめてみたよ。

この章では、人間関係・友人関係が主ですな。
ホメオスタシス


医療職的には馴染深い単語だけど、初耳の方も多いかな?
ホメオスタシスは、イメージしやすく言えば「哺乳類」的な機能で、体内のアレコレを一定に保つ機能の事で、例えば
- 外の環境が40℃でも、-10℃でも、体温はおおよそ36℃
- 一時的に血糖値が上がっても、インスリンでおおよそ適正に戻る
- 細胞や血中の水分量を調節し、脱水や心負荷の無いようにする
みたいに、我らの体の中では、常に正常を保とうとする機能の事を言うんだな。
これが何の話かって?
感動とか、成功とか、快楽も一定に戻ろうとするって事。



ようは、慣れの「悪い側面」を、著者は言いたいんだ。
ホメオスタシスを比喩として用いたって感じかな。
例えば人生の途中、若いころに成功した人が居るとする。
その人はもちろん成功した段階で喜び、一定の快楽や感動や幸福を得た。だけど、それは結局ホメオスタシスによって一定の感動へと引き下げられることに注意せよ、って事らしい。
で、このある種の成功や感動を味わってしまった人が、「もっと先に!」「もっと上に!」を求めすぎると、晩年になるにつれ、味わえる現実と期待のギャップに苦しむぜ、って話。



ああー、これ良く聞く話だよね。
薬物中毒になるプロ野球選手とか、自分の現役時代のピークを求め続けた結果、とか言うし、、、。
身近な話で思い浮かべると
- 始めて食ったハンバーガー
- 初めて見た雲海の景色
- 最初の一人旅
- 初めての○○○
- 一口目のコカ・コーラ
などなど、、、あの感動を超える事出来ねーや、って場面は自分にもあるよね。
結局のところ、ホメオスタシスで感動慣れしちゃうんだから、さらに上を目指す思考ばかり続けると、それを味わえないどころか、現状を不幸だと思っちまうって、怖い話。
だから、この快楽のランニングマシンからは早めに降りる事。
どうせホメオスタシスによって、「もっと上」は超えられないハードルになっちゃうんだから。
先にも言った通り、第二の曲線に乗り移る準備だとか、早い段階で能力低下が訪れる心のゆとりだとか、良い意味での諦めも大切だよね。
死に親しみ、慣れろ


この章では、「死ぬまでどんな人生を送るか?」という視点にフォーカスを当てていた。
おおよそ、死ぬまでキャリアの低下に抗うか、レガシー(名声・功績)を求めるか、それとも今ある大切な人に向けて生きるか?
みたいな話の内容だった。
ホンモノのストライバー達は、これで前者を選んでしまい、生きている間は自分のキャリアにしがみつこうとすると。
キャリアの落ち込み=死
と捉えていて、「死ぬまで現役」「努力を続けるつもり」と、キャリアの落ち込み=死に対して現実逃避をするんだと。



正直、僕にはあまりピンとこなかったかな。
僕は正直、自分が死んだ後に、自分の事を思い出してくれるのは、家族や友人だけで良いと思っているし、「人生において何かスゲー事を成し遂げて成功する」、みたいな承認欲求の人生フェーズは、20代にすっかり置いて来たつもり。
だから自分が何者でなくとも良いし、名声も結果も必要無い。
ただ、
キャリアの落ち込みに焦る日が来るかもしれない。
これには今のうちから、心の準備と覚悟をしておくと良いんだろうな、って思う。
- 文章能力が時代についていかなくなる
- 上の世代に好かれるキャラが続かなくなる
- 単純に身体能力の限界
自分で言うと、こんなとこころか?



これはそのうち失うもの前提として、考えておくって事かな。
皆にも、今自分の得意とすること、ってのがあると思うので、それはいずれ、思っているよりも早い段階で失うんだぜ。
っていう事だ。
それを「能力の低下=死」と捉えたり、いつまでも今までの自分にしがみついて、存在意義の死の恐怖から、現実逃避しようとすると危ないぜ、って話なのだと思う。
死に親しみ、慣れろ
僕がピンと来たのは、この一文。
ようは、死は実際にちゃんと向き合うより、死をなんとなく想像する方が3倍怖いんだと。



だから、じっくりと死に対して向き合え、と。
これは何となく納得できるし、考える意味も、ものすごくあると思う。
どっかの統計で、癌による治療で生還できた人は、普通の人よりその後の人生の幸福度が高いんだと。
死に対してちゃんと向き合う事で、生きている間にやりたいこと、にちゃんと向き合うからなのでしょう。
死に対して漠然と考えれば、失う事にフォーカスする。
だけど、死に直面した場合、今ある人生にフォーカスするんじゃあなかろうか?
であれば、その状況を疑似的に作り出し、自分が死ぬ事を考えりゃいいんだ。



これって、よくある話ではあるけどね。
実際に、死についてちゃんと考えることで、人生が有意義になることもあるそうな。なんでも尊く感じられると。
あと一年で自分が死ぬとしたら?
これについて考えた時、その日キッチンで料理を作っている時間が、なんだか尊く感じられました。
仕事から帰ってくる奥さんに、今日のご飯も美味しいと思ってもらいたい。
この、クソほど何でもない、ただの毎日起こるルーティンでさえ、尊く意味のあるものに変わる。
そしてそれを忘れない限り、毎日思う事が出来る。
ちょっと死を考えるだけで、毎日の満足度に+10点のボーナスが付くなら、こうもお得なことは無い。
死を思うって、すげー効果だわ。
ポプラの森を育てる


背が高く、まっすぐ育つ木としての代表として、ポプラの森やメタセコイヤの森があってですね、これは80m以上に育つくせに、根っこの深さが1.5mしかないんだと。



人間より低いとこまでしか、根が下に伸びないんだとな。
どうやって立っているか?ってのが面白くて、隣り合う同じ木々同士で絡み合いながら、集団として支えているんだと。
人と人は、、、
どっかの武田鉄矢が出てきそうですが、森も人間も同じように、一人で生きていくのではなく、良好な関係が重要だよね。って話のたとえ話だ。
これはもちろん、最高の状態。
これは最悪の状態。
じゃあ、幸福で健康であるには?
これを予測する因子を、「生まれた環境」だとか「遺伝子的な要素」を排除して、誰でも改善出来るものにまとめると
- 喫煙しない事、止めること
- アルコールの乱用
- 肥満を避ける
- 運動をすること
- 問題に対して向き合う事、過剰な心配とか回避的な行動を取らないこと(ACT的な行動ってことだな)
- 教育を受ける、読書、学び
- 安定した、長期的な人間関係
はいない、そうですな。
って感じのものが並ぶ。
じゃあ、この中で最重要な因子はどれか?
喫煙か?運動か?
研究によると、晩年の「幸福で健康」な状態に最も重要な要素は、「良好な人間関係」だったそうな。
本には
「要するに、幸福とは愛である」
とまとめられていました。



なんともこそばゆいが、これが真理なのだとな
パートナーでもいいし、良き友人でもいいし、とにかく良い人間関係ってのは、タバコや肥満以上に重要なのだと。
つまり、人間関係さえよければ、全部が上手く行く方向に転がっていくんだと。
逆に言えば、人間関係を育まないと、それはタバコよりも体に悪いぜ、って。



じゃあ、人間関係ってどうやって育むのだ!??、って?
ンなもん、僕がいつもおすすめするように、Dラボに全部まとまっているさ。
Youtubeで探してもいいし、本で読んでもいいし、チャッピーに聞くでもいいわな。
今付き合うべき人はこの人たちか?
今後も大切にすべき人達と、今から関係を育てていられるか?
より良い関係を築くために、自分を変えられることは無いか?
考えたくなりますな。
孤独にまつわるデータ
長い内容になっていたので、ここは本書に書かれるデータを一気にまとめてみます。
- 孤独は免疫の低下・不眠・認知の鈍化・高血圧を起こす
- 孤独の悪影響は、1日15本分の喫煙に匹敵する
- 孤独は肥満よりも悪
- 孤独は認知症と強い相関がある
- アメリカ人の46%が孤独を感じている(2018年)
- アメリカ人の43%が人間関係が有意義では無いと感じている(2018年)
- 孤独と婚姻状況は大いに関係がある
- だが、もっとも孤独なのは「不在がちな配偶者」を持つこと
- 職場に親友が居る人は、勤務日を楽しめる確率が2倍、ウェルビーイングの高さも1.5倍
- CEOの約半数は孤独を感じている(リーダーは孤独に注意って話)
個人的に気にした方が良さそうだな、と思ったのは、リーダーと孤独について。
リーダーと孤独


1972年の研究では、部下は自ら上司に友達になろうとしない傾向があり、あえて上司にそっけなく接し、気まずい奇妙な事態に陥っていると判明しました。と。
部下はリーダーを「モノ化」し(人としてじゃなく立場として扱う)、権力や情報やお金を引き出す道具と捉えているのだとか。



この一文にはさ、リーダーじゃなくとも気を付けないといけない関係が見えて来るよね。
2003年の研究では、部下は上司を幼少期の権威者(親・教師)のように扱いがちで、そうなると対等な友情を築くことが不可能になると。
ここから僕が思うのは、「対等な友人関係が大切」ってことだ。
金じゃあない、媚や忖度でもない、上下関係でも無い。
利害の無い対等な友人関係。
これを育てていくことが、結局のところ、晩年の幸福と健康に大きくかかわってくるんだってことだ。



僕に関してはもうさ、上司も部下も無いから、マジで注意しねぇと、、、
恋愛と友情


さっきは、既婚者かどうかってのは重要、とはいったのですが、、、
というデータも、ハーバード大学から発表されている、、、。



結婚の有無だけだと、「良い状態」と思えるかどうかは、2%しか関係ないんだ。
結婚がゴールじゃねぇぞ
ってのはよく言われる話だけど、こうも低い数字で言われると、その後の関係ってのは、思った以上に重要なのでしょうな。
本書にも「幸福の秘訣は恋に落ちる事では無く、愛し続ける事」と、大臭な事が書かれているけど、
パートナーは、夫婦であり、愛していて、友情にも根差している。
この状態が理想なんだとな。
ただし、逆を言えば、パートナー以外に「もう一人以上」の親友が居る方が、人生の満足度と自尊心が高く、抑うつ傾向が低いという相関があったそう。
まとめるとだね
- とにかく孤独は避けなさい、と
- 職場に友達が居ると良いよね、作りなさい、と
- パートナーはいるだけじゃダメ、愛と友情を育てなさい
- でも、それ以外の親友も大切だよ
ってことだ。



人間関係は、晩年の幸福度に間違いなく強く影響してくるんだ。ちゃんと育もうぜ。
取引の友人


著者は息子のカルロスと釣りに出かけていた時、取引先の友人から連絡があり、電話に出た。
5分後、電話を切り、息子のカルロスに誰と話していたか聞かれ、「友達だよ」と答えた。
取引先とはいえ、関係は良好で、むしろ友達と言えるほどには好意を持ち合い、名前で呼び合う仲だった。
が、カルロスはいつも「父さんは適当な事を言っている」と感じる時に、決まって見せる目を向けながら言った。
「本当の友達?取引の友達?」
、、、
友達、と一言でいっても、そのグレードには三つ分かれていて、上から順に
「完璧な友情」
「快楽の友達」
「取引の友達」
となる。
取引の友達は、お互いに仕事の成功を助け合ったりはするが、利害関係があり、互いにメリットがあるから付き合える関係。
快楽の友達は、面白い・頭がいい・楽しい・好意や憧れ・人となりの良さを知っていて、付き合える友達。
完璧な友情は、何の利得が無くとも、善や美徳を共有できる友達、と、、、。



僕はね、考えさせ直されたよ。
取引の友達は分かる。
自分にもいくらか心当たりがあって、直接会う事もあるし、自分の中でも相手の中でも、友達と位置づけはするものの、仕事関係がベースにある人達。
快楽の友達が問題。
僕はここが多いと思うんだ。
スノボの友達、山の友達、釣りの友達、キャンプの友達、カメラの友達、刺激を受ける友達、興味をそそられる友達、自分を広げてくれる友達、、、。
友達に分類させる人は沢山いるけれど、これらは全て、相手に魅力があるから会いたいと思えている。
もちろん、ここに取引の友達要素が混ざり合って、境界があいまいな人も居る。



、、、これって、一番上の友達ではないのか、、、。
子供の頃は、同じクラスの何となくで付き合う友達が多かったけど、20歳を超えてから、僕は友達に意味を持つようになった。
お互いに魅力を感じているからこそ、友達として付き合いたいと思っている。
そこに理由が必要だったし、理由があるからこそ、互いに合わない部分があっても許され、受け入れられる部分もある。
確かに思えば、これらの友人は数か月に一回か、一年に一回みたいな頻度の友人が多い。
友達ってのは、本当は1ヵ月に1回会うような人が15人、1週間に1回会う人が2-3人。
これが正解なんだって、必要なんだって、Dラボで言っていた。



1ヵ月に1回の友達すら、僕は1人も居ねぇじゃんよ、、、
自分にとって完璧な友情ってのがあると思ってはいたけども、そいつも月一で会う頻度ではなくなってしまったし。
つうか、遠くに行きやがってさ。
これって、男性諸君は心当たりがあるんじゃなかろうか?
実際、女性は一般的に社会的。感情的な支えを土台にして友情を気づくのに対し、男性は仕事など、共通の活動を土台にして友情を気づく傾向があると。
晩年の幸福度に大きく貢献する要素の一つが、
真の親友を数人すらすらと上げられることである。



ああ、耳が痛てぇ、、、
友情はスキルであり、練習と時間と根気が必要
これは意外な事でもあり、難しいと考えて諦めるか、それともチャンスと捉えて向き合うか?
分かれてきそうです。
実は、友情ってのはスキルであって、そのスキルを磨くには、練習と時間と根気が必要なんだと。



これに、希望を感じるか、それとも絶望するか。
友人が少ない状況ってのはさ、人と会う事を避けていたか、もしくはないがしろにしていた結果であって、つまりは運動や勉強と同じようなモノなんだろうね。
友人関係を作る事から離れていたら、そのまま友人ってのは作れないし、減っていくよね。って話。
じゃあどうするかって?
忙しいって?
今さらどうやって友人を作るんだって?
これはもう、自ら進んで参加するしかないんだ。コミュニティでもいいし、何かの集まりでもいいし、趣味で人をさそうでも良いし。
人間関係を築くスキルを、再び目覚めさせる必要があるらしい。



つべこべ言ってねぇで、作れ、話せ、増やせ、参加しろ、努力しろ。って事だ。
これについては、色んな事例ややり方が本書で書かれてはいたけれど、要するに、まじで御託は良いから動け!って事だった。
内発的な動機に基づけ
2009年に発表されたロチェスター大学の研究では、大学を卒業したばかりの人を147人集め、卒業後の目標を尋ねました。その結果、回答として得られた目標は、基本的に「内発的」か「外発的」かの二つに分類できたそうな。
内発的:深い長期的な人間関係から生まれる充実感
良い人間関係を作りたいな!っていう、これまで伝えた通り、大切な目標だ。
外発的:お金を稼ぎたい、沢山の物を所有する、知名度を得る
若いころに憧れがちな、分かりやすく、「結果を出した人」に憧れる、あの感じな。



さて、結果が面白いんだ。
まず、どちらのパターンも、おおよそ願いはかなっていたんだと。
つまり、友達作りてぇと思っていた人は、ちゃんと良い人間関係を作り、金持ちなりてぇと思っていた人は、ちゃんと金を稼いでいたと。
望めば人生はそれに近づく
この理論はある意味で正しかったんだそうな。
おもしれーのがここから。
内発的な目標を掲げた人は、1年後にもっと幸せな生活を送っていました。
外発的な目標を織っていた人は、一年後にネガティブな感情が増加し、体調が悪化していました。



望みをかなえ、金持ちになって、体調が悪化するんだと。
簡単に〆るとするなら、成功やお金や知名度や権威ではなく、友人や交流や親しさを大切にしなさいな。その方が幸福ですぞ。
という、シンプルな答えだ。
成功・お金・知名度を求めるな
親密さ・友人・交流を目標にしな
次は、信仰的なお話。
宗教なんて興味ない、何なら否定派の方も、きっと知っておいた方が良い章だと思う。人生の許容度というか、晩年に幸福度を上げるヒントが得られるはず↓



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